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武藤山治記念室(記念室展示事業)

武藤山治略年譜

創始者 武藤山治

武藤山治のバックボーンは、「学問は実業のために自らの思慮判断で考えることにあり、独立自尊の源泉である」とする福澤諭吉の教えでした。

経済人として

写真慶應義塾の卒業写真、福澤諭吉とともに(1884年)

明治の始まる一年前の1867年、岐阜県の濃尾平野の現在の海津市で、代々圧屋をつとめる豪農佐久間国三郎の長男として生まれた武藤山治は、14歳から慶應義塾で福澤諭吉から直接薫陶を受け独立自尊の実学の精神を学び、17歳で卒業後さらに米国のサンフランシスコ郊外のバシフィック大学に三年間留学しました。

写真山治が学んだ頃のパシフィック大学のスケッチ

帰国後三井の総帥中上川彦次郎の知遇を得て入社した三井銀行では同行の旧体質を革新する仕事ぶりが認められ、日本資本主義の産業革命の黎明期と勃興期を担った紡績産業の大手、鐘紡の兵庫工場支配人に27歳で抜擢され、32歳で東京工場も所管する本店支配人、41歳で専務、大正10年(54歳)から社長となり1930年(63歳) まで9年間社長を勤めました。

写真鐘紡社長室で執務

兵庫新工場の創業には休む日もなく日夜献身的に努力し、当時の最先端設備の工場を完成させ、資金調達や株式の買占めに苦慮しながらも、逆に積極的なM&A戦略による10工場の買収により、従業員の待遇は業界最高を誇りながら、大正期に入り6年間7割配当を実施する我国最大の紡績会社に育てあげました。経営マネージメント面においても近代経営手法をいち早く導入し、その後今日まで日本的経営の強みの原型となった人間尊重の先駆的経営を実践しました。

政治家として

写真国会での質問(1930年)

企業人の頃から、第一次世界大戦で国家の犠牲となった軍人遺族・傷痍軍人のために「軍事救護法」を提案し国会を動かし成立させ、またワシントンでの第一回国際労働会議に政府代表として出席しましたが、企業の相当の部分を福利のために割くことは有効な投資であると演説して先進国代表を感服させました。

「一国の盛衰はその国の政治の良否による」との信念により、現在にも通じる「政官財の癒着の根絶」「鉄道省と郵便の民営化」「特別会計と剰余金」等の行財政改革の基本政策を掲げて1923年(大正12年)実業同志会を結成、翌年衆議院選挙で自身を含む11名を当選させ、活躍の場を議会へと移しました。議場では関東大震災の震災手形法案の不平等、金解禁反対など深刻なデフレ経済下での政府の諸政策に舌鋒鋭く論陣を張り、その間より広い支持をえるため国民同志会と名前を変え、少数政党としてキャスティングボートを握り、二大政党を牽制して政策の実現に努めました。

然しより大切なことは國民が腐敗した政治家を選ばないことにあり、政治の浄化は選挙権を持つ国民の教育にかかっているとして、1932年に出馬を断念、普通選挙の頃から進めて来た政治教育をさらに発展させ、主権者たる國民の政治意識の向上を目的として、同年「國民會館」を設立しました。

言論人として

写真ベストセラー代表三部作

言論人としては、1925年(大正14年)発刊のベストセラー「実業読本」はじめ、21歳の処女作「米国移住論」、政界進出に際しての「政治一新論」等の合計64冊の著作を刊行しましたが、政界引退後すぐに福澤諭吉が創刊した時事新報社の再建を頼まれ、自ら編集方針を決め社説、短評などを執筆して陣頭指揮、又政治活動でも追及してきた政・官・財の癒着を、帝人株の不正取引について「番町会を暴く」としてキャンペーンを張り、経営改革により赤字解消の目処もつきかけていた矢先、1934年(昭和9年)3月10日に暴漢の凶弾に倒れました。

写真時事新報社長室における奮闘の姿

前年に出来上がっていた國民會館ビルでの葬儀には一万人が参列、津田鐘紡社長は「徳は千載不朽、現代日本無双の偉人なり、我らがこの英雄を失うこと、現代日本の大いなる損失である。まさに行い正しければ眠り平らかなり」と感動的な弔辞を読みました。経済人から政治家へ、そして政治家から言論人へと、つねに先見性を以って日本の近代化をリードして駆け抜けた67歳の生涯でありました。

武藤記念室、武藤ルームについて

写真武藤ルームを設置したパシフィック大学

武藤記念室は國民會館のエントランスホールに、武藤ルームは米国パシフィック大学に敷設されています。創設者武藤山治の生い立ちと日米での学生時代、及び鐘紡社長、衆議院議員、時事新報社長の各時代の第一級の資料を収集して日米で展示しています。なおバシフィック大学は武藤山治の留学先であり、後年山治が、1919年(大正8年)ワシントンでの第一回国際労働会議に日本代表として出席した際、母校に立ち寄り日本と東洋関係の書籍を寄贈し、以来武藤ルームとして保存されています。

写真武藤ルームが設置された大学図書館

いずれも山治が活躍した明治中・後期、大正、昭和初期の時代背景を示しながら、彼の著書・原稿、絵画、掛軸、陶器等の作品が展示されています。あわせてビデオ等の映像でも彼の生涯を紹介するものです。なおいずれも一般市民に公開されています。


写真武藤山治記念室入口

写真武藤山治記念室 展示コーナー

写真武藤山治記念室 展示コーナー

写真武藤ルーム

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